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500年の時を経た建造物 中城城跡

中城城跡への地図沖縄本島南部の中城村にある中城城跡(なかぐすくじょうあと)。首里城勝連城跡と並んで、世界遺産に登録されている歴史ある建造物です。中城城は1420年に護佐丸が築城したと言われ、築城技術はたいへん優れたもの。500年以上の時を経たとは思えないほど保存状態が良く、広い敷地には、力強い城壁がそびえ立っています。

3万坪以上もある中城城跡。中はとにかく広い!首里城もかなり広いですが、中城城跡はさらに広い感じがします。入り口で料金(大人300円)を払い坂を上ると、目の前にはアーチ型の裏門が。手前には緑の芝生が広がり、まるで公園に来ているようです。

入り口の案内所 まずは坂を上っていきます
入り口の案内所 まずは坂を上っていきます
裏門前の広場に到着 アーチ型の裏門
裏門前の広場に到着 アーチ型の裏門

裏門を通り中へ進むと、北の郭、三の郭、二の郭…と続きます。三の郭は石壁が高く景色は見えませんでしたが、二の郭からの眺めは最高!東に太平洋、西に東シナ海が見渡せて、しばらくそこから動けませんでした。(曇り空だったので、画像は暗めになっています)

これが二の郭。広い! 二の郭から海が。曇ってるのが残念。
これが二の郭。広い! 二の郭から海が。曇ってるのが残念。
遠くに海が見えます。 石壁を近くで見てみました。
遠くに海が見えます。 石壁を近くで見てみました。

ここで、中城城の歴史を。中城城は、琉球王府を倒すことをもくろんでいた勝連城主・阿麻和利(あまわり)に対抗するために作られ、首里城の警護が主な役割だったようです。ところが、阿麻和利は変装して首里城へ入り、中城城主の護佐丸が反乱を企てていると進言。それを信じた王府は、阿麻和利に護佐丸討伐を命じたそうです。中城城に攻め入られた護佐丸は、三男を乳母に託して妻子とともに自決。この出来事は「護佐丸・阿麻和利の乱」と呼ばれ、現在でも郷土芸能で受け継がれています。


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